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sawa sawa ・・・

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カテゴリ:本棚( 59 )

本棚 その14

インターネットが普及しているおかげで、知りたい情報をあっというまにつかむことができる。
それはとてもありがたく、便利だ。
本だってわざわざお店に出向かなくても、ポチっとするだけで家のポストに届くのだ。
送料だってほとんどかからずに。
迷っているときは読者のレビューを見て、ふーーん、そうなんだ・・・じゃ、やめとくか、とか、これはナンだか好みっぽいぞ、とか、自分が買うべきかどうか、ある程度判断もできる。
だから・・・最近、本屋さんで買うのは雑誌くらいだったのだ。

この本を本屋さんで見つけたとき、あ、懐かしいな、昔、たしか読んだよな、でも、どんな内容だったっけ?・・・そんな、ふら~っとした気持ち。
手に取り、読む読む読む・・・
・・・・・
・・・・・
最後まで読んだとき、自分が泣きそうになっていて慌ててしまった。
こんな悲しくてせつない気持ちになる本を、たしか昔読んだのに、ほとんど記憶にないなんて。
そんなことにも驚いた。
私が変わったから、だろうか。
大人になり、母になり、子どもの成長をみてきたから、だろうか。
失いたくないものを、たくさん抱えてしまったから、だろうか。

家に戻り、もう一度読んでみる。
やっぱり悲しかった。
原題は“The Giving Tree”というのだそうだ。
(おおきな木、と最初に訳したのはほんだきんいちろうさんという方。この訳、いいですね。)
与えること。
求めないこと。
ずっと続けていくこと。
そして、そこに幸せを見出すこと。
とても出来そうにないけど、それが出来たらその人は、誰がなんといおうと、やっぱり幸せな人なのだろう。

本を読んでの感想は人それぞれだ・・・当たり前だけど。
これが正しい模範感想、なんて、絶対にない。
上手くいえなくても、誰かに伝えられなくても、もやもやしてても、それでいいんだ。
ちゃんと心に残ったその本は、自分の一部になって、これからの自分を作ってくれるから。

この本は私にとって、特別になるだろう。
何年かして読んだ時、また違った印象を持つかもしれない。
そんな楽しみもある。
そして、本との出会い方だって、きっと、すごく大切なんだと思う。

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『おおきな木』 あすなろ書房
シェル・シルヴァスタイン 作 
村上春樹 訳
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by sibafuki | 2010-09-11 10:26 | 本棚

本棚 その13

タイトル通りの、本だった。

小学5年生の“えだいち”が、おじいさんの家で暮らすようになり、そこで過ごす夏休みを描いたものだ。
無口なおじいさん、小さな子どもを迎えて、戸惑うけれど嬉しくないわけでもなくて、なんとなくハイジのおんじみたい。
クラスメイトの押野くんもいい。
情けない私は、読み始め、この押野くん、なんかグレイっぽいなぁ、などと、実にくだらないことを思うのだ。
そんな疑いの気持ちも次第に消されていき、彼もまた、えだいちクンとともに、キラキラした季節を体いっぱいに浴びていく。

私の思い出はどちらかというとおばあちゃんだ。
我が家は穏やかな系統なのだが、このおばあちゃんだけは結構はっちゃけていた、と思う。

おじいちゃんも、父も母も飲まなかったが、お酒が好きだったし、酔っ払って帰ってきた事もあった。
人のよくないところを、その人を前にして、歯に絹着せぬ物言いで言ったりもした。
なので、けむたがられたりもしていたようだ。
成績がちょっと良くなったときにも、関心がないようで誉めてもらえなかったし、私のよくないところをズバッと言い当てられ、つかの間落ち込んだりもした。
一緒に住んでいたけれど、今で言う2世帯っぽく暮らしていたので、ご飯はいつも別々だった。
私はおばあちゃんのところで食べるご飯が大好きだったけれど、好き嫌いが多かったから、母によくストップをかけられた。
おばあちゃんが私の好きなものしか出さないから。
鳥が好きで、九官鳥とか、インコとか、十姉妹とか、どこからかもらってきては次から次へ飼っていた。

おばあちゃんが亡くなったとき、たくさんの人が来てくれて・・・働き者のおばあちゃんはずっと、飲食店の厨房で、ご飯炊きや洗い物の仕事をしていたのだ・・・その中には若い人たちもたくさんいたのだが、泣いている人やいつまでも顔を覗き込んで帰らない人が多くて、高校生の私はちょっとびっくりした。
おばあちゃんは、私のおばあちゃんだけじゃなくて、いろんな人のおばあちゃんだったのだなぁと。

わがままな子どもだった私におばあちゃんが言った事がある。
人に優しくするのは自分のためじゃない。
でもその行為は、めぐりめぐって自分の子や孫や、自分が大事に思っている誰かのところに戻ってくる。
おばあちゃんらしい、と思うし、大切にしようと思う。

保育園の時、小さな妹がいたので、母は一緒に遠足に行かれず、代わりにおばあちゃんと行った。
アルバムに残る、大きな口をあけておむすびを食べる、笑ったおばあちゃんが大好きだ。

そんな事をぽつりぽつりと思い出しながら、読んだ。
しずかな日々はだれにでもある。
それは本当に地味でささやかなんだけど、なぜか涙が出てしまうこともある。

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『しずかな日々』  椰月美智子   講談社文庫
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by sibafuki | 2010-08-16 20:04 | 本棚

本棚 その12

私の回りにも『借りぐらしのアリエッティ』観た、と言う人が多くなりました。
が、感想はいまひとつ盛り上がらない。
つまらなくないんだけど・・・
キレイな映像なんだけど・・・
って、そんな感じ。
そうなんだ・・・
私は、かなり、好きなほう、なんだけどなーー(今日2回目観てきました)。
アリエッティを撮った監督さんは、ジブリ映画で『耳をすませば』がとても好きなんだそうです。
私のジブリ№1も同じく『耳をすませば』。
好みが合ったんですねーー♪

コビトの本は多いです。
日本のものでは佐藤さとるさんのコロボックルとか、教科書に載っていた懐かしいチックとタックも。
あ、一寸法師もいました。
この『木かげの家の小人たち』が発行されたのは1959年だそうですから、もう50才の本です。
なのに、私はずーーっとこの本に出会うことなく、初めて読みました。

時代はあの、大きな戦争の頃です。
コビトはアリエッティのように、家族で暮らしてるけど、もっと内向的。
人間から、必ず1日に1回、ミルクをもらわなければ生きていけないというのですから、ずいぶん依存しています。
加えて、世の中と言うのは、自分たちとミルクを運んでくれる人間の家族のみで出来ている、と思ってるのだから、本当に世間知らず。
そんな彼らもやがて、人間と一緒に戦争に巻き込まれていき、嫌でも世の中に出て行くようになります。

私が興味を持ったのは“アマネジャキ”
コビトが疎開先で出会う<仲間>です。
あまのじゃくで、意地悪なことを言ったりする“アマネジャキ”だけど、本当は強くて、優しくて、淋しがりやで、とてもいい子。
そんなことを言われたら、怒り出して、プイッといなくなってしまうだろうけど。

戦争と女の子(ゆり)とコビト。
それがこの本の主役。

ゆりが、戦争が終わったことを知る件です。

・・・・・でも泣いているうちに、心の底からわき出すように、うれしさがわくわくのぼってきました。
じぶんの生きている間じゅう、けっして終わることなどないと思い込んでいた戦争が、これで、もう、終わりだというのです。


ゆりもコビトたちも、それぞれの終戦を迎えます。
お話しは終わるけど、そこからまた、新しい生活が始まるんだなぁーーと、ぼんやり思っていたら、なんと、まだ続編があるそうな!
楽しみは続きます・・・


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『木かげの家の小人たち』 いぬいとみこ 作
福音館書店
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by sibafuki | 2010-08-10 22:01 | 本棚

「インパラの朝」

支援て、ボランティアってなんだろう。
貧しさって、豊かさってどういうことだろう。
今までにも折に触れ考えたことはあったけど、でも・・・よくわからない。
分かったような気持ちになったことはあっても、時間がたっていくと結局、やっぱり、よくわからないのだ。

西アフリカの章で中村安希さんは言っていた。
先進国で不要になった車やバイクやパソコンが、リサイクルとして途上国へ輸出される。
そして、その古い車やバスが排気ガスを撒き散らし、大気汚染を起こすのだそうだ。
その後、壊れたそれらは行き場を失くし、森や砂漠に捨てられたり、スラムの住宅街で鉄くずとなって錆着き、漏れたエンジンオイルが染み込み汚泥をつくる。

そうならないために少しの予算を削り、メンテナンスの知恵、再活用のための体制を整えてはどうか、と安希さんは言う。
そしてそういう“ささやかな”支援が先進国で好まれない理由もあげている。

幸せに生きていく基準が、生まれた国がどこかによって、変わってしまう。
それは悲しいことに思われがちで、確かにそういう部分もあるけど、でも、そうでもないかも・・・と思った。
不幸なのは、幸せの基準を押し付けられることで、大切にしてきたものを奪われていくことだと思う。
そして、時としてそれが支援とか、国際協力と呼ばれてしまうことだ。
安希さんが出会ったウガンダの子どもたちのもとには、あまりボランティアが来たがらないらしいけれど、子どもたちが不幸そうには思えなかったから。

「インパラの朝」は高校の課題図書になっているらしい(なので、一週間しか借りられず、必死に読んだ)。
本当に、多くの高校生が読んでくれればいいと思う(娘含・・・)。
別に感想文なんて書かなくていいし、どう思ったかなんて言わなくていい。
ただ、自分の心の中で、知らなかった事実を受け止めるために、もやもやと葛藤したらいいと思う。

私にとっても・・・知りたいことも、知りたくないことも含めて、まだまだ世界は知らないことばかりだ。

この本を読むきっかけを作ってくれたKさん、ありがとう。
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by sibafuki | 2010-07-10 12:15 | 本棚

本棚 その11

高校2年生の娘の髪は長い。
背中の真ん中くらいまであります。
小学生の頃は、それでも肩の辺りまで短くした事がありましたが、いわゆるショートヘアだった娘の記憶をたどっていくと、幼稚園に入る前、3歳くらいまでさかのぼってしまう。
そう、彼女は物心ついてから、ずっと、ショートにすることにはだんじて「No!!」でした。。。

たかどのほうこさんの絵本に出会ったのは、ちょうどそんな頃、娘が幼稚園くらいのとき。
彼女がこの絵本に興味を持ったのと、髪を切るのを嫌がったのは、なにか関係があったのかなぁ・・・と、今になって首をかしげる鈍い母です。

『まあちゃんのながいかみ』のまぁちゃんは、妄想の世界でぐんぐんぐんぐん、ぐるぐるぐるぐる髪を伸ばす。
その妄想のなんと奇想天外なこと。
それまでに私が出会った、日本の作者の絵本にはちょっとない発想。
ちょっとこれは、したくないな・・・と大人は思うような妄想も、子どもには刺激的だったのかも。
だって、こんなの、からまっちゃうじゃん、傷んじゃうじゃん、臭くなっちゃうしさーー・・・・・あーーダメじゃん、もう、絵本を楽しむ心を失ってますね;;;
でも、絵がとっても可愛らしくて(まあちゃんの妄想の世界はカラーで、お友達に話して聞かせる場面はモノクロなんですよ)、↑そう言いつつも大好きな絵本です。

このあと、たかどのほうこさんの児童書も読みました。
『時計坂の家』は図書館で借りて読んだので、手元にはないんだけど、そのミステリアスな世界にぐんぐん引き込まれていく本。
中学生くらいに戻って、夏休みに集中して読みたかった。
『十一月の扉』も最初は図書館の本でした。
文庫化されたので買ったのですが、ハードカバーの表紙の絵がすごくよかったなぁ。

そして『記憶の小瓶』はたかどのほうこさんの幼い頃を綴ったエッセイです。
まだ途中ですが、たかどのさんの言うように、自分の幼少期の記憶が呼び覚まされてきます。
それは、家にはまだ自動車もなく、ただリュックを背負って、お弁当を持って、家族で出かけるだけでも楽しくて仕方なかった、幸せな記憶です。

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たかどのほうこ(高楼方子)・作
『まあちゃんのながいかみ』 福音館書店
『十一月の扉』 新潮文庫
『記憶の小瓶』 クレヨンハウス
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by sibafuki | 2010-06-06 14:04 | 本棚

本棚 その10

友人が手帳に「いつか会ってみたい人」というのを書いている、というので、私もちょっと考えてみた。
小説家の江國香織さんはかなり強く会ってみたい!と思ってるし、ジブリの宮崎駿監督とか、女優の小林聡美さんとか、それからジョニー・デップ!!とか!!
そして、この方、黒柳徹子さんもすごく興味のある人、です。
私世代にはあの、ザ・ベストテンの司会者、そして、トットちゃんの作者にしてご本人。
ユニセフの親善大使として、様々な国を訪れてもいる。
長寿番組の徹子の部屋で毎日のようにテレビに出ているのに、素顔はとてもミステリアス。
肩書きは女優、なのだそうだけど、その活動を私はあまり知らない。
「子どもに上手に本を読んであげられるお母さん、になりたくてNHKに入った」というのがとてもステキだと思う。個性が強すぎてあまり認めてもらえなかったようですが。
徹子さんの本を読めば読むほど、徹子さんの魅力に取り付かれていくようです。
そして底知れぬパワーに圧倒されるし、自分を信じて突き進む人の強さみたいなものを感じる。
この「小さいときから考えてきたこと」には、子供の頃の徹子さんと、当時(今から10年ほど前)の徹子さんが描かれている。
私は“赤い松葉杖”、そして“お説教”という章が好きだ。
トットちゃんだった頃の徹子さんと、大人になってもトットちゃんの徹子さんがいるから。

“ほんとうのしあわせとは?”という章で徹子さんの思うしあわせのかたちが語られる。

雨がザーザー降っている夕方、お父さんも家に帰ってきている。
家族はみんな家にいる。犬も家に上げてもらってる。
電気が明るくついていて、自分と弟はお母さんのご飯の支度が出来るのを待っている。
そこには安心と笑顔がある。


当たり前の幸せなのに、どうしてこんなに泣きたい気持ちになっちゃうんだろう。

徹子さんが出会った世界中の子ども達にも、そんなしあわせが当たり前になる日がきますように。

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黒柳徹子 『小さいときから考えてきたこと』 新潮文庫
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by sibafuki | 2010-05-14 14:43 | 本棚

歴史モノ

図書館から『江 姫たちの戦国』を借りて読む。
来年度の大河ドラマの原作です。
歴史モノが小説になると、どうしても主人公を中心に展開していくから、話の内容が主人公びいきになってしまう。
だから読む本や観るドラマや映画によって、その人のイメージがとても違うような気がする。
浅井三姉妹の三女“江”も、あのテレビドラマ『大奥』(高島礼子が演じた将軍秀忠の正室)ではあまりいい印象がないけれど、今回は主人公だからとても魅力的だ。
戦国時代のお姫様なのに、秀吉にも家康にも言いたい事をバシバシ言うのだ。
そしてその夫、秀忠も情けない男ではない。
家康との親子関係に葛藤しながらも、自分なりのやり方を見つけ出し、妻を大切に思う存在感のある男性として描かれる。
大河ドラマではどんなふうに演じられるのか、楽しみです。

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今日はとてもいい天気。階段の上から港を見下ろす。

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藤むすめ、ふき♪
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by sibafuki | 2010-04-26 16:27 | 本棚

本棚 その9

別に耐えられないほど嫌な事がある、とか、そんなんじゃないんだけど、このまま気の向くまま、誰に気遣う事もなく、自分の好きなこととだけ向きあっていられたら・・・
そんなところへ行きたい、行ってしまいたい。
ちらっとそんな思いが自分の中に芽生えるときがある。
ほんの、ちらっとね。
もちろんそんな事はしないし、出来ないし、面倒くさがりの今の私にはちょっとムリ。
常識や責任感も若干は持ち合わせているので。
でも。
その気持ちってなんだろう。
その気持ちはいけないもの?いいもの?

昔、会社勤めをしていたけど、4年勤めて辞めました。
どうしてもやりたい事があったとか、結婚を控えてたとか、そこに居たくないほど仕事が辛かったとか、どれも違う。
ただ、辞めたかったんです。
あの頃は今よりずっと、自分に何かを期待していたような気がします。
ずっとここにいていいの?
ホントにいいの?
そんなことをよく考えていたから。
そのあと、幾つか新しいことに踏み込んでみたりもして、それはそれでよかったと思うけど、やっぱり最終的には“居場所”が欲しくなって、結局また会社勤めをしました。
その時間にやっていたことが、その後の自分に直接何かを与えたかどうかはわからない。
でもそのとき何かを思って、自分を信じて、その通りやってみたことは、よかったんだと思っている。
頑張って、もがいていた自分を愛おしく思う。

このミルク屋さんも自分の日常から飛び出していきます。
そして本当に楽しい“行方不明期間”を過ごすのです。
ミルク屋さんは戻ってくるでしょうか?
どちらにしても・・・『一度“ここ”から出てみる』ことで、“ここ”が自分にとってどんな場所なのかわかるのかもしれません。

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 『ゆくえふめいのミルクやさん』  童話館出版 
 ロジャー・デュボアザン 作・絵  山下明生・訳
 
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by sibafuki | 2010-04-09 09:16 | 本棚

『坊っちゃん文学賞』

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クウネルの付録についてきた冊子を今日読みました。
坊っちゃん文学賞の大賞受賞作の2作品です。
そういう賞があったことも今まで知らなかったんだけど。
大きく括ってしまうと、一つはイジメを扱ったもの、もう一つはシュウカツを扱ったもの。

私は批評家でもないし、審査員でもない、ただの主婦の読者なので、文学作品も、人気推理小説も、新人作家の小説も、どれも同じ目線で読む。でも読者ってそういうもの、でしょう。
自分の考え方や、生活観や、たどってきた道、そんな自分を作っているモノのどれかと、その作品の中の言葉が寄り添えたら、それは私にとって好きな本になるのだと思っている。

私はイジメで学校に行けなくなるほど悩んだり、シュウカツで打ちのめされたりした経験はないです。
でも、主人公達の気持ち・・・マイペースを貫く根性はなく、周囲に合わせて、笑ったり、神妙な顔をしたり、でも、やっぱり馴染めなくて、どこかでくじけてしまうとか、高校に行って大学に行って就職すれば大人になるって信じてたけど、そんなの間違いだって気づいたときの途方にくれる様、とか・・・そういうの、よくわかる。
そういう、面倒なことにいちいち立ち止まりたくないけど、でも、やっぱり、立ち止まらずにはいられないのだ。
この2作品が多くの人の目にとまり、心に響いて欲しいと思います。

『右手左手、左手右手』  ふじくわ綾
『なれない』  村崎えん
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by sibafuki | 2010-02-13 21:51 | 本棚

本棚 その8

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球根で植えたスノードロップが白い花をつけました。
植物にうとい私が、スノードロップの別名がユキワリ草だと知ったのは、そんなに前の事ではありません。

ユキワリ草といえば『森は生きている』ですよね。
このお話に初めてであったのは小2か小3の頃。
当時、時々遊びにお邪魔していた友達の家の本棚にその本はありました。
その本の表紙の模様や紙の感じを今でも覚えてる。
きっと遊びに行くたびに手にとって読んでいたんだろうなぁ。
印象に残ってるのが『むざいほうめん(無罪放免)』と『がいとう(外套)』という言葉。
初めて出会う言葉だったけど、面倒くさがりの私はその意味を誰かに尋ねたり、調べたりということはしなかったと思う。
読んでいくうちになんとなく、なんとなく分かってくる感じ。
本の中の言葉ってそういうのが多かった。
そんなふうにして小さな子どもは難しい言葉を覚えて、そしてそのことを一生忘れないんだなぁと改めて思う。
それに引き換え今は、新しい言葉は覚えたくてもなかなか入っていかないけれど;;;

『森は生きている』を読み返すといつも、その本があった友達の家の本棚と、「無罪放免にせよになさいますか?それとも死刑になさいますか?」と聞かれて「死刑にせよがいいわ、こっちの方が短いもの。」と答えたお姫様に驚いていた自分を思い出す。

物語の世界に一歩足を踏み入れたばかりの私だ。

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『森は生きている』  サムイル・マルシャーク
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by sibafuki | 2010-01-21 19:48 | 本棚